鱗雲というのだと、スザクが教えてくれた。 整然と天球を埋めたそれを、携帯で撮影する。 記録する。 空を。 時間を。 今日のことを。 隣にはスザク。 前にはジノ。

透き通るみたいな青空の下まっすぐな道疾走するのはベイビーブルーのオープンカー。 ブリタニア本国産の平たくて横幅ばっかりおおきい軽薄な外観したその車のハンドル握るのは、これまた軽薄そうなサングラスに派手なシャツのジノ。 車の持ち主も勿論ジノ。 政庁の正面玄関前に横付けにして運転席から降りもしないまま私たちを呼びつけて、さあ乗った乗ったと説明もなしで後部座席に押し込めてしまった。 屋根のないそのシートに、押し込めたという言い方は正確ではないかもしれないけれど。 騎士服のままシートに腰を落ち着けてから僕は定例会議があったんだけどと言ったスザクはもうとっくに諦めてしまっている。 定例ってことはいつもと変わんないってことだから今日くらいさぼったって大丈夫ダイジョウブと風にかき消されないよう声を張り上げるジノの半分だけ見える横顔は楽しげで、私は黙って携帯のカメラを構える。 ぴろりん。 おっアーニャ今日の私は絵になるだろう! 振り返ろうとしたジノに、前見てと注意する。 どこまでだって続きそうに見える直線道路では、ちょっと目を離したくらいじゃそうそう事故なんて起こしはしないだろうけど。 窓のないドアの上辺に身体の半分を預け、私には半分背を向けているスザクのマロンブラウンの髪がふわふわ揺れている。 ジノの三つ編みがばたばた首筋を叩いている。 結い上げた私の髪もとっくにぐしゃぐしゃだ。 吹き付ける風は温かで空は広くてタイヤがアスファルトを擦る音はすこし喧しいけれど、振動は心地よかった。 なんか目立ってるみたいなんだけど。 対向車の視線を気にしてスザクが呟いた声を、ジノの耳はしっかり拾いあげる。 ナイトオブラウンズが3人も乗ってるんだからな、仕方ないだろう。 誇らしげにも聞こえる響きで返したジノに、君がこんな格好のまま連れてくるからいけないんだ私的な外出に騎士服なんてまた始末書を書かされてしまう君の責任なんだから勿論手伝ってくれるよねそれから目立つのはこの車のせいでもあるとおもうよとスザクは不機嫌を装う声で言う。 本当のところ決して機嫌悪くなんかないのは、そのわずかに見える眦のあたりの緊張のなさが物語っている。 見えない唇はたぶん薄く弧を描いている。

で、定例会議をさぼってまで君は僕達をどこへ連れて行こうっていうんだい。 どこに行きたい?どこにだって連れてってやるぞ! 目的地もなく走ってるのか? そうだよ、ドライブしたかったんだ、みんなで!

広い道の両側に等間隔で植えられているのはパームツリー。 ブリタニア本国の西海岸あたりの景色を模したような風景が、後方へ流れていく。 左手には日光受けて煌く凪いだ海。 晴れ渡った空を反射した青。 ジノの瞳の色。 スザクに与えられたマントの色。 彩度も明度も違うけれど、連想する色彩。 いつだって私の傍で。 私を包みこむ。 上空には雲の鱗、海上には光の鱗。

「綺麗」
吐息に混ぜるみたいに声にする。 飛ばされていく景色に視線を向けていたスザクが振り向く。 すこし意外そうに丸く開かれた黒目がちの瞳が私を捉える。 真っ直ぐに、翳りなく。 そしてわずかに細められる。 柔らかく薄い瞼が緩やかに動いて。
「うん」
同意される。
「綺麗だね」
私だけに向けられたスザクのその表情を、機械に記録させることはしなかった。
「綺麗だろう!」
自分の手柄だとでも言わんばかりに自慢げにまた首を捻ろうとするジノの邪気なく弾んだ声も。 しなくてもいいと、そうおもった。 どこか不確かで信用の置けない、自分の記憶に今だけ残せるならそれで。 それでいいと。

行きたい場所なんてどこにもない。 ブリタニア、中華連邦、EU、アフリカに南極、太平洋にインド洋、多分宇宙だって。 どこにいたって何も変わりはしないと、おもう。 立つ場所が違えど、私は。 今はナイトメアに搭乗し戦場を焼け野原にすることを生業にする私は。 ほかに何も知らないから、今はそうやって生きている、私という存在。 ここに居る、今。

よし、じゃあ海に行こう! 運転席のジノが朗らかに宣言する。 海って、もう見えてるけど。 見えてるだけじゃ海のうちに入らないだろう、ビーチへ行くんだビーチへ、そうだどこかでウォーターメロンを買おう、庶民はビーチでウォーターメロンを割って遊ぶんだろう。 季節外れだよ、あれは夏だけなんだ。 じゃあメロンにしよう。 メロンは割るより切って食べたほうがおいしいとおもうよ。 アーニャは?アーニャはどのフルーツがいい? 桃。 桃かあ、桃は割っちゃったら潰れちゃうな。

あとで買って食べような、付け加えたジノの運転するベイビーブルーのオープンカーは、真っ直ぐな道を走る。 私の身体を上下させ伝わる振動。 アスファルト擦るタイヤの音。 頬を撫でるというよりも、叩き付けるみたいに凶暴な風。 でも決して不快じゃない。 空は青と白のくっきりしたコントラストで頭上を覆う。 煌き放つ海を横目に私たちは今ここで。



パレードフォーパラダイス