白い天井を見上げている。 滲みひとつない天井。 滲みはないけれど、白いパネルを留めつけるためのビスが規則的に並んでいるのが見える。 白い天井板に白いビス。 視線を下げ、天井から正面の壁面に向ければ、テレビモニターが見える。 それに今映っているのは午後の報道番組。 ベージュ色のスーツを着た黒髪をひっつめた女性アナウンサーの左上に映し出されているのは、先日のモラリアでの大規模戦闘。 くそ、忌々しい。 反射的にサイドテーブルに手を伸ばすが、伸ばされた左手には何も触れない。 そこには何もない。 入院初日には見舞いのフルーツの籠盛りや花、薬を飲むための水の入ったグラスなどがあったのだが、今は何もない。 看護士がパトリックの手に触れない場所に遠退けてしまった。 パトリックが寝転がっているベッドの下や、出入り口そばの棚などの中に。 それは治療が済んで(モビルスーツごと大地に突っ込んで全身打撲で済んでいるのだからAEUのモビルスーツはパイロットの安全性という点においては本当に優秀らしい)放っておくと無茶に動き回って治癒を遅らせかねないエースパイロットを安静に拘束しておくための入院という措置を取った初日のことだったのだが、テレビモニターの中を縦横無尽に駆け回るソレスタルビーイングのガンダムという例の機体の姿にひどく興奮して大暴れをして、両手両足を振り回すだけでは飽き足らず手近にあったものをとにかく引っつかんで投げつけるなど幼児のような癇癪を起こしたせいだった。 コーラサワーさんいい加減にしてくださいね、それとも拘束衣でも着たいですか、と軍所属の医師は白髪交じりに穏やかな目元とは裏腹にいかつい体格で物騒なセリフを吐き、やれるもんならやってみやがれくそったれと唾を吐いたパトリックに本当に拘束衣を着せてベッドに括り付けてしまった。 バカかてめえら俺はエースだぞこんなことしてただで済むと思ってんのか畜生てめえらまとめてぶっ殺すかかってきやがれくそったれ返り討ちにしてやんぞとかなんとか喚き散らしていたパトリックも半日ほどでさすがに飽きてしまって大人しくなった。 敵地ならともかくも自軍の病院内で仮にも怪我人だというのに指一本自由にならないままベッドに括り付けられているというのもあまりにも馬鹿らしい。 それからもう三日だ。 テレビモニターの中で世界情勢は移り変わり、モラリアでの武力衝突の映像に続いて映し出されるのは世界各国で起こった無差別テロだ。 爆発、崩れたビル、泣き喚く人々の群れ。 定点カメラが偶然捉えた、爆破によって粉々に割れたガラスが降りしきる様が、流星のようで場違いに美しかった。 こんなことをしている間に。 自分がベッドに括りつけられている間にも、世界が動いている。 きっとまたガンダムが出てくる。 多数のモビルスーツを相手にまるでショウのように立ち向かうものを消し去っていく。 どうして自分がいない。 あの中に。 どうして。 自分こそがガンダムを殲滅してやるのに。 絶対に。 ぎりりと歯をかみ締める。 奥歯で不快な音が鳴る。 くそ忌々しい、こんな怪我なんかなんでもねえ。 今すぐモビルスーツに乗りたい。 なんでもいいから、今すぐ。 モニターの画面は報道番組からテレビショッピングに変わっている。 どんな汚れもよく落ちる!百倍に薄めて使えてとっても経済的!だって、あほらしい。 サイドテーブルの側面にはめ込まれたパネルのボタンに軽く触れるとテレビモニターは消えた。 それがあった場所にはもう白い壁しか見えない。 あほらしい、忌々しい、悔しい、もどかしい。 いろんな思いがごちゃまぜになった頭の中は泥の海みたいだ。 得体の知れない、濁ったものでいっぱいの汚れた海。 こんなときは、そうだ、眠ってしまうのがイチバンいい。 本当はトレーニングルームでがむしゃらに汗を流すほうが好みだが、安静にと言い付けられている以上それは叶わない。 全身打撲で済んだといっても無茶をできる状態ではないことは、、自身が誰よりよくわかっている。 足元に置かれた雑誌を手に取るために身体を軽く捻るだけで、全身に痛みが響く。 眠ってしまうに限る。 そして癒すのだ、肉体を。 モビルスーツに乗るために。 今度こそガンダムを蹴散らしてやるために。 パトリックはシーツを被る。 白いシーツ。 糊の効いた、硬いそれは、いかにも病院くさくて嫌いだ。 白いシーツに包まってパトリックは瞼を閉じる。 窓の外の太陽はまだ高い。 ずっとベッドの上にいるパトリックは、眠さは感じない。 感じるのは焦燥と、肉体の衰えていく感覚だ。 まだ三日、もう三日。 眠って起きたら。 眠って起きたら怪我はもう平気だ。 だからそのために眠らなくては。 肉体を癒すために。 目を閉じる。 起きたら今度こそ自分が勝つのだ。


シェルターの中でおやすみ