艦の喫茶室で自販機から取り出した紙コップ入りのコーヒーに、落とし込むというにはどう考えても多すぎる量のブランデーを注いでいると、目の前に同じ紙コップが音もなく置かれた。 中はオレンジ色の液体で満たされている。 安っぽい色。 紙コップを目の前に置いたロックオンは断りもなく正面に座って下から覗き込むようにスメラギの顔を捉える。 休肝日って知ってますか、スメラギさん。 知ってるわよそんなの、こんなのアルコール摂取したうちにも入んないわ。 ブランデー入りコーヒーの紙コップを持ち上げる。 紙コップ越しの液体はまだ熱くて指先への刺激は強い。 だめですよそんなのばっかりじゃあ。ビタミンも取らないと。美容にだってよくありませんよ。 ほら、オレンジシュース。俺の奢りです。 ロックオンは紙コップを押し出す。 すこし迷ってそれを受け取り、一気に飲み干した。 安っぽい色と同じ、薄くて安っぽい味が喉を一気に滑り落ちていく。 ご馳走様、と礼を言って今度は自前の紙コップに口をつける。 コーヒーとブランデーの混じった香り。 唇に触れたそれはまだ熱く、一口飲み下すと今度はアルコールの熱さが喉を焼く。 苦味も酸味もあるけれど、やっぱり自販機の味というところ。 ロックオンはすこし笑ったようだった。 スメラギさん。 なあに。 俺と付き合って。 俺と付き合って、と言うときのロックオンはいつもすこしずるい顔をする。 付き合ってください、でも付き合ってよ、でもなく付き合って、と彼は言う。 そのときの彼はいつも唇をすこし歪めているくせに目だけはまっすぐにこっちを見る。 ずるい顔。 嫌よ。 どうして。 年下とは付き合わないの、と数え切れないほど言った言葉を返せば、ロックオンはこれもいつもどうりのすこし傷ついた顔をしてみせる。 そんな顔して見せてもダメよ演技なのバレバレなんだから、と言いたいのをいつも堪えるけれど、演技だってとっくにばれていることにだってロックオンはたぶん気付いている。 年下の男の子っていいと思うんだけどなあ。 さっき空にした紙コップを手で弄びながらロックオンは笑っている。 男の子って歳でもないでしょ。 男の子ですよ、24歳のかわいい男の子。 バカね。 バカでもいいから付き合ってスメラギさん。 嫌よ。 それに俺思うんですけど、言葉を区切ってロックオンは手にしていた紙コップを軽く握りつぶすと壁面に取り付けられたダストボックスに向けて放り投げた。 緩い放物線を描いてそれは丸いダストボックスに吸い込まれるように収まった。 ゴール。 無意識に紙コップの行方を追っていた視線をロックオンに戻す。 俺思うんですけど、ロックオンの言葉はそこまで戻った。 女性のほうが長生きするでしょう、一般的に。 平均寿命の長さってことでね。 そうすると男のほうが年下だと、タイムラグが小さくて済むじゃないですか。 まあできることなら仲良く爺婆になって赤い屋根と白い壁のおうちの緑の芝生の上で、犬と孫が仲良くじゃれあうのをロッキングチェアに揺られながら眺めていられるのが理想なんですけどねえ。 あら意外とロマンチックなのね。 そうですよ知りませんでした? ええ、そのかわり。 そのかわり? あなたと同じことを言って、さっさと死んでしまったかわいい男の子なら知ってるわ。 言ってからすこし後悔したのは、想定していたいくつかのパターンのうちのひとつではあったとはいえ、想定以上に嬉しそうに、ロックオンが笑ったのを見たからだ。 心配なんだ、スメラギさん。 バカね。


コーヒーブレイク